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法学研究科・常盤成紀さんが語る大学発「気がつけば仕事になっている」生き方

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ゆきりん

Edited by  ゆきりん

@ykringum
外語 / 4回生ループ

今回お話を伺う方は、大学院生、法人代表、個人活動家、公務員という4つの肩書を持つ、法学研究科の常盤成紀さんです。

中高一貫進学校→阪大法学部→銀行員という、それまである意味で自然なキャリアを歩んでいた常盤さんは、その後大学院に戻り、博士課程の現在までの間にこのような働き方をするようになりました。大学に何の意味があるのか、大学を出た先に何があるのか、阪大の先輩が後輩にメッセージを送ります。

プロフィール

http://www.cbi.osaka-u.ac.jp/choikijijo/member_3rd/tokiwa-masanori/

https://note.mu/masanori_tokiwa

 

阪大卒業まで

 

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常盤さんは、平成2年に堺市で生まれます。中学高校は清風南海という大阪の進学校で「東大京大阪大」と周りが言っている世界の中で生きてきたそうです。

最初は弁護士になりたくて法学部を目指していたそうですが、高3で「やっぱ弁護士じゃないかも」と思うも、よくわからないし潰しがきくから、とりあえず法学部。

そして阪大法学部入学後、オーケストラ部で音楽を始めます。

 

そして、大学の勉強が面白かったので研究者への道を考えるも、大学院卒の就職のことを考えると、自分には突き進む勇気がなかったので、進学を諦め就職することにしたそうです。

 

 でも就活はいやいやだったので、当時の僕は色々と考え方が後ろ向きでした。ニチギン(日本銀行)なら行ってやってもいいかな、とか思っていましたね(笑)。完全になめてたわけです。そもそもそんな調子だったので、面接はことごとく落ちました。

その中で拾ってくれた銀行に就職しましたが、学歴で拾ってくれたようなものです。やりたいことや将来のビジョンがなかった僕には、当時、学歴以外に何もありませんでした。

 

銀行を辞めて大学院へ

しかし、雇ってくれた銀行も2年経たないうちにやめてしまったそうです。経緯は色々ありますが(葛藤と決断が連なる、“自分の王道”を探す旅路【超域人vol. 23】)、つまるところ、大学で学び、研究したいという思いが強かったからだといいます。

 

 

 社会人を経て大学院生になったら、見える世界が違ったし研究に対するモチベーションも上がりました。なので僕は、一度社会に出て良かったと思います。ただそういうのは結果論です。仕事をしてから院に行くほうが絶対に良いということではないです。社会人経験を必要以上に持ち上げるのは良くありません。

 

そして、仕事を狭く定義するとそれは業務だけれども、価値を生む、という広い定義を与えれば大学院生にも「仕事」をしている人はいて立派なキャリアだと常盤さんは語ります。

 

楽団立ち上げへ

常盤さんが大学院入学とともに履修を開始した超域イノベーション博士課程プログラムにおいて大学内外、時には企業や社会団体とともにさまざまなプロジェクトの運営を経験する中で、色々な物事を動かしていくダイナミクスさに面白さ、やりがいを感じるようになりました。その中で、仲間たちとオーケストラを作る話が持ち上がります。

 

オーケストラは上手な演奏をお客さんに届けることも大事だけれど、それ以上に「色々な思い・背景を持った人が集まって演奏している/演奏を聴いている、その空間自体を大切にしたい」という思いが常盤さんにはあるそうです。

なのでこれまでずっとアマチュアの人たちと活動を続け、またお客さんとして外国の方にも来てもらえるように英語や中国語も対応するなど、色々な方向に開かれている楽団を目指します。そうして企画されたコンサートは関西各地で開催され、常盤さんは常に中心で企画に携わってきました。

 

 

アミーキティア管弦楽団 https://www.orchestra-amicitia.org/

アミーキティア管弦楽団(
https://www.orchestra-amicitia.org/

 

 

 僕たちは主にクラシック音楽をやりますが、あまり聴きなれない人たちには、どういう曲で、なぜ今日はその曲をするのかについて、説明できることが大切です。つまりコンサートがやりたいことについて、ちゃんと言えるようにするのです。これを僕は、キュレーションという形で考えています。

全部のコンサートがそうならないといけないとは全然思いませんし、演奏家のこだわったコンサートも面白いと思います。

ストレートに『いい音楽はいいんだ』といっても納得するわけがない多くの人びとにクラシック音楽やオーケストラに興味を持ってもらうために、コンサートの意味づけというのを社会一般に通用する言語でやっていかなくてはならない。だから僕は、コンサートに言葉を与えていってるんです。

 

 きっと、大学に長いこといたから、こんなことに関心を持つんだと思います。『いい物はいい』じゃなくて、コンサートの意味をきちんと説明できないといけない、そのために思想や歴史などの教養を身につけていこうっていうのは、とても大学っぽい。言い換えれば、そうやってコンサートを作る仕事をさせてもらえているのは、やっぱり大学で色々な教養に触れてきたおかげだと思います。

 

 

音楽とまちづくり

このような関心でコンサートを企画してきた常盤さんは、ある時期以降「ホールを出る」とはどういうことかを考えるようになったといいます。

 

 『ホールを出る』というのは、従来のやり方を疑うということの表現です。その従来のやり方とは、服装、時間、場所、演目など形式であったり、コンサートの在り方のような思想です。ところで、コンサートに立ち会った人たちにその意味を感じてもらえるためには、その人たちにとって極めて濃いコンサートである必要があります。そのためにはホールに限らず、演奏される場所・立ち会う人々に根差した企画であることが、ひとつの方法です。これを徹底しようと思うと、僕たちは『ホールを出る』ことについて、考えないわけにはいかなくなると思うのです。

 

そのきっかけが、NPO法人こえとことばとこころの部屋(通称:ココルーム)が主宰する釜ヶ崎芸術大学(釜芸)でのコンサートの企画でした。

釜ヶ崎の商店街の一角に、「ドヤ」と呼ばれるかつての簡易宿泊所をリノベーションした、一風変わったアートな建物「ココルーム」があります。地域に根ざしながら多様な出会いを重ね、表現と学び合いの場をつくることを目的とする場所です。釜芸はその一環として開かれているワークショップで、そこでは釜ヶ崎に住む人びとが講師とともに、俳句や演劇、合唱など色々な活動が行われています。

この釜芸で常盤さんは2017年10月、アミーキティア管弦楽団のコンサートを開催することになりました。依頼をくれたのは、ココルームにインターンをしていた阪大の友人だったそうです。

 

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コンサートの内容は、釜芸で作られた歌をオーケストラに直して釜芸のみなさんと歌うこと。その企画は振り返ったときにとても面白さがあったと常盤さんは話しました。

 

 釜ヶ崎という町は、誰もが口を揃えて『危ない』『怖い』という有名な町です。事実、生活保護制度等を悪用する貧困ビジネスはいまでもあるといいます。ただ、危ないといってもピークは10年くらい前までの話で、今はむしろ高齢化で人がどんどん減ってきています。商店街もシャッターの閉まっているお店が多いという点は他の多くの地方の町と変わりません。

 そもそもなんで生活保護や路上生活者の町と言われるまでになったかといえば、高度経済成長期に労働力需要が高まり全国から労働者が集まったけれども、彼らは不況で需要が低下することにより職を失いました。この町では、そのアップダウンがかなり激しかった。そして、そのことに対する社会の対応が、必ずしも上手ではなかった。要は、産業化の悪弊をこの町は一手に引き受けたんです。

 本当はそのことに社会は向き合う必要があるし、「危ない町」にも僕たちと同じくそれぞれの人生を歩んでいる人たちがいる。だから僕は、色々な方法で社会がこの町に関心を持つこと、交流を持つことが大切だと思いました。折しも今、新今宮周辺は観光地化して、町の様子がどんどん変わろうとしています。この中で、『忘れないこと』『リアルに向き合うこと』って、やっぱりとても大切だと思うんです。そういうことを実践している場所がココルームだというのが、僕の認識です。

 

コンサートについては、常盤さんはこう意味を見出しています。

 

 僕たちのオーケストラはいわゆるプロジェクト型で、コンサートごとに演奏者が集まる形式をとっています。そしてその演奏者はほとんどがアマチュアで、普段は多くのお客さんと同じ普通の社会生活を送る人たちです。

ところで、このコンサートに参加する演奏者って、当たり前ですけど、釜ヶ崎に行く前は『外部の人間』なんです。そうした『外の人たち』とともに、その町の歌を演奏することで、コミュニティをその人たちと再共有していく。創作や表現の共有を通して、「住民集団としての釜ヶ崎」から「関係性としての釜ヶ崎」になる。

それが、変わりゆく町の記憶をつなぐひとつの方法なのではないか。コンサートを振り返ってみて、そんな風に思いました。批評としてはだいぶ雑なのはわかってるんですけど、こんな風にコンサートを組んだことがなかったので、シンプルに面白かった。

 

これを機に常盤さんは、オーケストラやコンサートの持つ「仕組み」を利用して、音楽を届けることを超えて、社会に何か価値を生み出すことが出来るのではないかと考えるようになったといいます。

 

アマチュアオーケストラの価値を、子どもたちと結ぶ

こうして「音楽」「まちづくり」との相性の良さを知った常盤さんは、20187月から、京都市右京区の京北地域で、市の嘱託職員としてまちづくりに関わり始めました。そして企画したのが、2019127日に開催された、【けいほく うたと未来コンサート】です。

ここで常盤さんがこだわったのも、これまでと同じこと、ひとつはクラシック音楽やオーケストラの「価値」「面白さ」を、社会の文脈に載せていくこと。もうひとつは、アマチュアにしかできない企画をすることでした。そしてアマチュアの価値とは何かと突き詰めたときに、プロではないこと、つまり「職業音楽家ではない」ということだと気づいたそうです。

 

 

 僕たちは、日ごろは会社員や医者、弁護士、エンジニア、研究者、大学生などの生業を持った人たちが集まって音楽をしています。こんな多様なバックグランドを持った集団が一か所に集まって創作活動をするなんて、冷静に考えたらかなりやばいことが起こっているわけです。僕はここにとても大きな価値を感じました。なので、子どもたち向けのキャリアワークショップを演奏家たちと行う企画を考えました。

2時間のワークショップの中で、子どもから大人へは「人生を変えた出会いは?」「仕事は何のためにするの?」と聞いたり、反対に大人から子供へは「町長になったら何がしたい?」「10年後の自分に聞いてみたいことは?」と聞いたりしました。見てると、大人も子供もみんな目を輝かせてるんです。そもそも今の時代、仕事と音楽を両立することのハードルって結構高い。決して彼らはブルジョアの集まりではなく、むしろやりくりをしています。そんな彼らは、生き方のひとつのモデルであって、こうしたワークショップにはぴったりなんです。

そして、ワークショップを通して関係性を作ったうえで、合奏・本番を迎えました。もう参加してた子どもを自分の後輩のように下の名前で呼んだりして。そうしたコミュニケーションの中で作られた音楽は、絶対にプロでは作ることはできません。アマチュアだから作れたワークショップであり、ワークショップがあったからこその本番でした。

なのでここには、アマチュアにしか作れない音楽がありました。コンサート企画が社会と接続して、それが社会的な意義だけでなく音楽表現にも結び付いていくということが確信できたイベントでした。

 

儲からないけど面白い仕事

 こうした活動をしていく中で、ある時、『君は君にしかできない仕事をしている』といわれたのがすごく嬉しかったですね。

僕としては、今までの経歴が全部反映されて今があると思っています。

地方銀行にいたから、ローカルな環境で人とコミュニケーションをすることや経済の仕組みを学んだし、大学で多くの教養に触れてきたからこそ、過去の経験を体系的に総括できたし、深い洞察で企画を立てることができています。全部集まって今の仕事があります。

そうして出してきたアウトプットなので、きっと僕のオリジナルなんだろうなと。だから、非常にやりがいを感じています。そしてやはり、僕の仕事の中心には、大学があります。大学は、僕のあらゆる経験を統合して、次への背中を押してくれる、そんな場所です。

 

常盤さんは、銀行員時代から付き合いのある会社の社長さんと飲みに行って「今こういうことをやっているけど全然儲からなくて」と話をしたら「常盤くん商売下手やからな〜!でも、商売下手のまんまやからこそ、今の仕事が入ってきてるんやで」と言ってもらえたそうです。

こうしたエピソードにも、常盤さんの器用ではないかもしれないが真摯であるような人柄が表れています。

 

阪大生へのメッセージ

最後に、阪大生へメッセージをいただきました。

 

 

 自分が何かやってみたいと思ったときに取り得る選択肢って、意外といっぱいあります。それを知るためには色んな人と積極的につながっていくことが大事です。

自力で何かすることってめちゃめちゃ難しいんですよ。大抵の人って色んな人に助けられながらちょっとずつステップアップしているので、学生のうちは、月並みな言い方ですが失敗してもいいし、色んな人と関わって色んなことを経験していくことが大事です。

 

 そして、大学での勉強も馬鹿にならない、本当に大事ですよ。というのは、世の中これだけ高度化してきたら、多少なりとも自分に自信のある分野がないとやっていけないからです。自分の軸や思想を作るために、何でもいいので、専門と呼べる分野があると強いです。他方それは自信を持つために、自称でもいいんです。僕なんて大した研究はひとつもしてないのに、それでも「政治思想史」が専門だと思っている。でもその自信があるから、「政治思想史」的なものの見方を、仕事で実践しようと思える。皆さんも自信を持って前に進むために、勉強を大事にしてください。

 また、僕たちは小さな成功体験があることによって次のステップに行けます。なので、勉強を積み重ねたという自信とか、学内やサークルのプロジェクトでいい経験をしたこととか、どのようなことでもいいからそれを自分たちの胸にもって、それを引っさげて次のやりたいことに向かってください。そうすれば、皆さん自身もぶれることが少ないし、周りの先輩たちもサポートの仕方が分かりやすいので、味方を増やすことができるはずです。

 そして、これから先、定年が何歳になるか、就職した会社がどれくらい続くのか、今まで以上に不透明です。組織で働く人もそうでない人も、これから先60年、当たり障りのないように人の言うことを聞いていれば安全と言う人生はほとんどないと思います。

先行きはわからないけれど、とりあえず目の前に与えられたことを、自分なりの方法でやり切る。そういうことでしかもはや、先が見えることはありません。これからは、仕事とは、そういうことの繰り返しなのです。

 なので、いい意味でも悪い意味でも、皆さんの自分らしさがこれほどまでに求められている時代はないと思います。

一生懸命にやってれば、誰かが見てくれていますよ。そうしているうちに、気がつけばそのスタイル自体が、自分の仕事になっていくんだと思います。

 

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今回のインタビュー内容についてより詳しく、「仕事を見つける / 作る」という観点から書かれた常盤さんのエッセイが、昨年出版された雑誌に掲載されています。
本記事に関心を持った方は是非ご一読ください。
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取材・蒲生由紀子

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